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札幌高等裁判所 昭和31年(く)16号 決定

抗告人 被告人 村上国治 外一名の弁護人 杉之原舜一

主文

本件抗告を棄却する。

理由

本件抗告の趣意は、昭和三一年一〇月九日弁護人並に被告人がなした札幌地方裁判所裁判官佐藤竹三郎、同服部一雄、同神田砿三に対する忌避の申立につき忌避された右各裁判官をもつて構成する裁判所がこれを却下した理由として、忌避申立の理由が不公平な裁判をするおそれがあるときに当らないから、前記申立は訴訟を遅延させる目的のみでなされたことがあきらかであるというにある。

刑事訴訟法第二十四条第一項前段が適用され忌避された裁判官が忌避の申立についての決定に関与しうるのは忌避申立の理由が主観的にも客観的にも訴訟を遅延させる目的のみでなされたことの明かな場合にのみかぎることはいうまでもない。

不公平な裁判をするおそれがある理由とみとめる事が出来ない忌避の申立は必ずしも常に訴訟を遅延される目的のみでなされたことの明かな忌避の申立であると言い得ないことは明かである。

もしそうではなく不公平な裁判をするおそれがある理由と認めることが出来ない忌避の申立は常に刑事訴訟法第二十四条にいう訴訟遅延の目的のみでなされた忌避の申立であり、したがつて忌避された裁判官が忌避申立についての決定に関与することが出来るとすれば忌避された裁判官は常に先ず申立られた忌避の理由が不公平な裁判をするおそれがある場合にあたるかどうかを判断することができ、又判断しなければならない事になる。

しかし忌避申立の理由が不公平な裁判をするおそれがある場合に該当するかどうかの判断は事の性質から言つても忌避された裁判官みづからこれを判断すべきでない事は明らかである。

刑事訴訟法第二十三条第一項ないし第三項はこの趣旨を明かにしたものである。

したがつて刑事訴訟法第二十四条第一項前段が適用されるのは忌避申立の理由が不公平な裁判をするおそれがある理由にあたるかどうかを判断するまでもなく、主観的にも客観的にも全く訴訟を遅延させる目的のみでなされた事の明かな忌避の申立の場合にのみ適用あるものといわなければならない。

忌避を申立てられた裁判官は原則として、その申立についての裁判に関与しえないことは事の性質上明かであり、刑事訴訟法第二三条、第二四条はこの趣旨を規定したものである。ことに右条項によれば忌避の理由が不公平な裁判をする虞がある場合にあたらないとしてその申立を却下する裁判に関与しえないことは一点の疑をさしはさむ余地がない。

もし忌避の理由が不公平な裁判をする虞がある理由にあたらない場合は常に訴訟遅延の目的のみでなされたことの明かな場合であるとして忌避された裁判官がその忌避申立却下の裁判に関与しうるものとすれば結局忌避された裁判官は常に忌避の理由が不公平な裁判をする虞がないとして忌避申立を却下する裁判に関与することとなつて前記各条項に違反し忌避制度本来の精神に反する。

原決定はこの点で明かに手続上の違法がある。

抗告人の前記主張に反する判例があるけれども改めらるべきものである。

本被告事件において被告人らの防禦上最も重要な証拠調請求を却下した原裁判所を構成する裁判官の真意には解しがたいものがある。

長崎誠三を証人として申請した趣旨は同人がなした鑑定の結果によればその鑑定資料である発射弾二個は土壊中で腐蝕したものでないとするもののようである。

右鑑定資料発射弾二個は検察官の立証によれば発射後一個は一年八カ月、一個は二年四カ月土壊中に埋もれていたものというにある。しかもこの二個の弾丸は白鳥課長の体内から発見された弾丸と同一ピストルから発射されたものであり、本件被告事件の重要証拠の一つであるというにある。

検察官主張のように右鑑定資料が果して二カ年前後土壊中に埋まつていたものであるかどうかは、すなわち右弾丸の出所を明かにすることは被告人の防禦にとつて最も重要な反証の一つである。それ故に弁護人は長崎誠三鑑定人の鑑定を申請したものである。而もその鑑定の結果は前述の通りである。

しかし同鑑定人の右鑑定結果にはなお明確でない点があるので、これを明確にすることは被告人の利益のためにも又真実を基とする裁判にとつて絶対不可欠の事柄でなければならぬ。

なお右長崎鑑定人の鑑定書は昭和三十一年十月七日札幌地方裁判所に送付されたものである。

検察官の主張によれば前記のように前記鑑定資料の弾丸二コと白鳥課長の体内から発見した弾丸とは同一ピストルから発射されたものであるとして磯部鑑定人の鑑定結果を援用しておるのである。

右磯部鑑定が果して科学的根拠があるかどうかは極めて重要な事柄である。弁護人はその科学的根拠のないことを立証するために増山元三郎を証人として申請したものである。

被告人村手は逮捕数カ月前から精神分裂症の症状を呈しておつたものであり、勾留中も常人と異なる幾多の言動がみうけられたので勾留期間中である昭和二十九年十二月及昭和三十年十一月書面を持つて同人の診断を裁判所に求めたのであるが、勾留期間中ついに裁判所はこの申請に対し一顧だにしなかつた同人の保釈後札幌市内の平松精神科病院に於て診断を受けたが、同病院では村手被告人が精神に異状ありとも正常であるとも断定しがたい、これを断定するには相当長期の入院観察を要する。しかし同病院としては設備の都合上ただちに入院の求めに応じがたいとの意見であつた。その後村手被告人に精密な診断を他の病院でなすことを進めたがこれに応ぜず弁護人としてもその処置に困つていたことは法廷外において裁判所にも連絡してあつたはずである。公判の進行につれ同人の精神状態の正常、異状を一応明確にしておく必要に迫られ弁護人は止むを得ず強制的に村手被告人を北大病院に連れ行き北大諏訪教授の診断をうけさせた結果によれば現在のところ正常なりとも異状なりとも断定しがたい、しばらく静養せしめその間常に観察しなければ判断しがたいとの意見であつた。その事は同教授が村手被告人の長野市在住の父をわざわざ同市から呼び寄せ父親にもその旨をつたえたところであり。

以上の理由から弁護人は前記長崎鑑定人及び増山鑑定人の尋問並びに村手被告人の精神鑑定を裁判所に請求したものである。真実を発見し被告人の防禦権を保証するためにはあくまでも事実を科学的立場から認定しなければならぬ、そのためにはあくまで専門家の意見を基礎としなければならないことはいうまでもない。弁護人の前記証拠調請求は全くその趣旨に出でたにかかわらず原裁判所はいたずらに本件被告事件の終結を急ぐあまり弁護人の証拠調請求を却下したのは科学的基礎を軽視して事実を認定せんとするものであるといわなければならない。かように科学的基礎を軽視し事実を認定しようとする原裁判所にたいして公正な裁判を期待することはできないことはいうまでもない。

以上の理由によつて原裁判所の決定は手続上も実体上も違法であるから本件抗告に及ぶ次第であるというにある。

よつて被告人村上国治に対する殺人、同村手宏光に対する殺人幇助等各被告事件の記録を調査するに、第八一回公判調書の記載によると弁護人の申請にかかる証人長崎誠三、及び増山元三郎の各尋問、被告人村手宏光の精神鑑定がいずれも却下されたため、被告人の防禦権を無視し、重要な証拠請求を却下したのは不公平な裁判をする虞があるものとして裁判官全員を忌避したところ、原審は訴訟を遅延させる目的のみでなされたものとしてこれを却下したことは明かである。かように不公平な裁判をする虞があることを理由とする場合でも、明かに訴訟の遅延を目的とするものであれば忌避された裁判官が関与して自ら決定でこれを却下しなければならないことは、刑訴法第二四条第一項前段の規定により疑ないところである。なるほど不公平な裁判をする虞がある場合に該当しない忌避の申立は常に訴訟を遅延させる目的のみでなされたものとはいえないし、不公平な裁判をする虞があるかどうかの判断を忌避された裁判官自らすべきでないことも所論のとおりであるが、不公平な裁判をする虞があるかどうかを判断するのではなく、かような事由を理由として申立てた忌避が訴訟の遅延を目的としているかどうかを判断するのであるから、忌避された裁判官が自ら判断し得るものといわねばならない。そうでなくて若し判断することが許されないとするならば、不公平な裁判をする虞があることを理由として忌避の申立さえすれば常に忌避された裁判官は判断に関与することができず、訴訟遅延の目的を達することになり、その不当であること論をまたないところである。しかるに所論は訴訟遅延を目的とすること明かであるとして忌避された裁判官が忌避申立却下の裁判に関与し得るとすれば、忌避された裁判官は常に忌避の理由が不公平な裁判をする虞がないものとして忌避申立を却下し得ることとなり忌避制度本来の精神に反すると主張するが、忌避の申立を却下するには訴訟遅延の目的のみを以てなされたことが明白であることを前提要件とするのであつて、明白でない場合には却下できないのであるから、この前提要件を顧みずに却下した場合には不服の方法により弾劾し是正手段が認められているのである。論旨には賛同できない。

しかして、原審が所論の証拠申請を却下したのは証人長崎誠三は同人を鑑定人として尋問するにあたり、同鑑定人から腐蝕の状態から判断される各弾丸の発射後の推定経過時間と、弾丸の腐蝕と発堀個所の土壊との因果関係の二項目については現在有する知識と技術では頗る曖昧な説明しかできないとの回答に接し弁護人と協議の結果(一)各弾丸の腐蝕の有無、(二)腐蝕していればその部位、程度、原因、(三)腐蝕の部位、程度からみて各弾丸の発射後の推定経過時間の三事項について鑑定を命じたところ、同鑑定人を証人として申請する趣旨は同鑑定人が頗る曖昧な説明しかできないと述べている事項を明確にせんとするに帰するからその目的を達することができないものと認めたためであること、及び証人増山元三郎については鑑定人磯部孝の鑑定書に対する反証として既に証人宮原将平の公判期日における証言があるばかりでなく、同鑑定人を証人として尋問し弁護人より反対尋問がなされているため更に右増山証人の尋問をするまでもなく確率の科学性の判断は可能であると認めたためであることは、前示第八一回公判調書の記載に徴し認め得られるところであつて、前記記録によると原審認定のような鑑定人長崎誠三に対する鑑定依頼の経緯、鑑定人磯部孝の鑑定書に対する証明力を争うための立証経過はこれを十分窺えるので、必要ないものとして却下したからというて非難すべきでなく、被告人村手宏光の精神状態が異状であるとの事跡は全記録を精査するも到底これを認めることができないから同被告人の精神鑑定の申請を採用しなかつたのは相当である。さすれば記録により明かなように本件審理の経過に照し必要とは認められない。証拠申請が容られなかつたのを理由として本件忌避の申立に出でたのは明かに訴訟を遅延させる目的のみでなされたものと認められるから原審が同一見解の下にこれを却下したのは相当であつて、本件抗告はその理由がない。

よつて刑事訴訟法第四二六条第一項により主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 原和雄 裁判官 羽生田利朝 裁判官 中村義正)

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